昭和52年5月29日 特別奉修委員 テープ№52---
末永静行
昨日、テレビで相撲の、なんという相撲でしたか、いつも教えてもらってる、稽古をつけてもらっている人にその人が勝ちました、そしたら、そういうことを恩返しと言うそうですね、素晴らしいと思うんですね、言うなら、師匠を投げた、投げられた師匠は赤飯を炊いて祝うてあるという、また、その、投げた方はこれで恩返ししたという、本当に信心の世界にもそう言う私はおかげが頂けれるようにならにゃいけんと思うんですね。
助士がちったばかりに元気がいい、おかげを頂くと師匠が返って機嫌が悪いといったような例が多いんですけどね、本当に一つ師匠を投げて投げ飛ばすぐらいなおかげを頂いて、それこそ、恩返しをしてもらいたい、そんな思いがしますね。私も本当に赤飯を炊いて祝ってやりたいような心でおかげを頂かなんと思うんです。
先ほど、秋山さんが今度、誠治君が学院に参ります、それで年月に帰ってご神前の大掃除をしにかえったという、それはもうお母さんがするけんよかがち、奥さんが言うけれども、嫌、これは本職のあんた先生がしてくれる方がええじゃんのうち言うてしてもらって、まあ、大変有り難いと思った、本人も大変初めてお神様のお掃除をさせてもろうて、大変感動して帰ってきとりましたが、秋山さんが言われるのに、もうこれで安心ということです、信心の継承が、ね、しかも自分の子供の中からお道の教師にでもお取立てを頂きたいと自分が願って信心を継承してくれるという事はもういよいよ秋山の家が繁盛の家になる事はもう間違いのないこと、それが有り難いとこう、本当に信心の継承という事をやかましく言われる、親は熱心信心するけれども子供に信心がない、自分が死んだらどうなるだろうかと言う心配が第一なくなる、そう言うおかげを頂かせてもら話なんいけんです。
今、佐田さんが、まあ一人息子の恵介君が小学校一年か二年生の時に歌謡歌ですけれども、歌を作って歌が最近、私もそれは以前聞いて、何年前の話、佐田さん達から一遍聞いておりましたが、買い取ったのが出てきたからと言う手お母さんがそれを自分でまた書き写してから、これが将来、なら恵介が自分で信心が出来るようになって、本当にお道の御用でもお取り立てを頂くような働きになってくる、この歌の文句の通りにおかげを頂いてくれると有り難い事だという願いがありましたけどね、一つ佐田さん今そのとおり読んでみてください、しかし、本当に( )つくっとるとですよね、歌謡歌ですけれどもね、その歌謡ぐあいがすばらしかもん。
信心させて頂く者が一番の願いはやはりその自分の信心を子に孫に伝えるという・・・。
(佐田恵美子さんが恵介君の歌謡歌を拝読)
佐田さん=「朝の参りに命をかけた僕の右が一燃える、よるな起こすな自分でやるさ、朝参り一直線、朝の参りは眠たいけれど、なくてはならんこの修行、言うなかわずな自分でやるさ、朝参り一直線、朝の参りに願いを込めた僕の心が神を呼ぶ、やるぞ、進むぞ、お道のために、あー朝参り一直線」
一年半朝参りを続けた。
(初代御理解つづき)
その時に私は聞いておったけどね、また今日改めて、それこそ、感動する、それがこれからの子供の信心に親が掛けておるという事がね、素晴らしいと思わせて頂いた。どうぞ、おかげを頂きました。